ディランとボウイに見る、「作品」との付き合い方。

新橋の、昭和からそのまま残っているような喫茶店に入った。

コーヒーを飲んでいると、ボブ・ディランの「Like a Rolling Stone」が流れてきた。

何十年も前に録音された曲が、2026年の新橋で普通に流れている。

そういえば、と思った。

ボブ・ディランは、自分の曲を売った。

600曲を超える楽曲の著作権カタログを、2020年にUniversal Music Publishing Groupへ売却している。

ディランだけではない。

ブルース・スプリングスティーンも、スティングも、自分が長い時間をかけて作ってきた楽曲の権利を売却している。

作品とは、その人が生きた証のようなものではないのか。

なぜ、それを売るのだろう。

そんな違和感から調べ始めると、音楽の話だったはずが、いつの間にか相続や家族の話になっていった。

そして最後に行き着いたのが、デヴィッド・ボウイだった。

若い頃に自分の作品の権利を巡って苦労し、後には「Bowie Bonds」という金融商品まで生み出したボウイ。

彼は作品と資産を、どう考えていたのだろう。

作品を残すことと、幸せを残すことは、同じではない。

今回は、ディラン、スプリングスティーン、スティング、そしてボウイを通して、「作品」との付き合い方について考えてみました。

note「思考の編集室 #011|ディランとボウイに見る、『作品』との付き合い方。」

関連記事

ブログ一覧へ
URLをコピーする