踏切から考えた「期待値」の話

僕の父は、車を運転していて踏切に引っかかると、イライラします。

一方、僕は踏切で待つことが、それほど苦になりません。

同じ踏切なのに、なぜこんなに違うのでしょうか。

考えてみると、理由は単純でした。

僕にとって踏切は、「閉まっているもの」だからです。

最初からそう思っていれば、閉まっていても腹は立ちません。
逆に開いていたら、ちょっと得した気分になります。

これ、人生のいろいろな場面にも当てはまるのではないでしょうか。

仕事でも、人間関係でも、天気でも。

自分ではコントロールできないことに期待しすぎると、思い通りにならなかったときに、余計な感情を使ってしまいます。

諦めるわけではありません。
期待しないわけでもありません。

自分でコントロールできないものに、感情を預けすぎない。

僕はこれを勝手に「踏切理論」と呼ぶことにしました。

期待値を少し変えるだけで、同じ出来事の見え方も変わる。

今回は、そんな話です。

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「思考の編集室 #008|踏切理論。」

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